物価上昇は政権交代のきっかけになるか?「インフレを放置すれば政権は確実に倒れる」という民主主義の残酷な掟【林直人】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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物価上昇は政権交代のきっかけになるか?「インフレを放置すれば政権は確実に倒れる」という民主主義の残酷な掟【林直人】

先進国、過去25年を振り返る〜政権の生死を決めるのは国会ではなくスーパーのレジ

 

結論:有権者は財布で政権を殺す

 この第1部が突きつけるのは恐ろしい現実だ。OECDの首脳たちがいかに演説を繰り返そうとも、レジの前で怒りを募らせる有権者の前では無力だ。

 2%のインフレなら見逃されるかもしれない。だが5%、8%を超えた瞬間、政権の寿命は「時限爆弾」へと変貌する。

 民主主義の真の主役は有権者ではない。冷酷な数字だ。

 そしてその数字が示すのは――インフレこそが政権の「見えざる暗殺者」だという事実である。

 

コンビニで販売される備蓄米に関して、ファミリーマートを視察する小泉進次郎農水相(左)。右は同社の細見研介社長(2025年6月05日)

 

【インフレ率1%上昇で政権が崩れる確率は何%か?】

――プロビット・モデルが暴いた民主主義の脆弱性

■1.3 分析戦略:冷酷な数式が暴く「政権崩壊の確率」

 政権交代とは選挙の一幕ではない。それは「発生するか、しないか」の二者択一、政治の生死ゲームである。

 この冷徹な現象を解明するために採用されたのは、パネル・プロビット・モデル――統計学の断頭台だ。

その数式はこうだ:

・Φ:冷酷な標準正規分布。

・α_i:国家の“DNA”――政治制度や文化など、変わらぬ宿命を背負う国固有の要因。

・Controls:GDP成長率、失業率、政権の寿命といった経済の影のプレイヤー。

 そして、焦点はただ一つ――β

 もしこの係数が統計的に有意で正ならば、それは「インフレが政権を殺す」という動かぬ証拠となる。

 さらに冷徹な分析は、「限界効果」にまで切り込む。つまり――インフレ率が1ポイント上がったとき、政権が倒れる確率は具体的に何%膨らむのか?

 数字は政権の寿命を告げる死刑執行令状である。

 

■1.4 分析結果:数字が政権を撃ち抜く瞬間

 推定の結果は表2に示されている。複数のモデル仕様――制御変数を加えた場合、固定効果を組み込んだ場合――そのいずれでも結論は揺るがない。

 結論は恐ろしくシンプルだ。

・インフレ率が高まるほど、翌年の政権交代の確率は上昇する。

・この関係は統計的に有意であり、政治学者の机上の空論ではなく、冷酷なデータが突きつけた歴史のパターンである。

 言い換えれば、「昨日の物価上昇」が「明日の首相官邸」を決める
経済ニュースの小さなパーセンテージの変化が、そのまま首脳の椅子を揺るがす。

 

政権の生死を決めるのは国会ではなくスーパーのレジ

 この分析が暴いたのは、民主主義の皮肉な真実だ。

 首相の演説や議会の攻防ではなく、パンの値札が有権者の怒りを煽り、やがて政権を葬る

 インフレ率+1%――それは経済学者の数字遊びではない。

 それは政権の余命を削るカウントダウンなのだ。

 

2:政権交代の決定要因に関するパネル・プロビット分析

モデル(1)

モデル(2)

モデル(3)

変数

係数 (標準誤差)

係数 (標準誤差)

係数 (標準誤差)

Inflation_t-1

0.045***

0.031**

0.028**

(0.015)

(0.014)

(0.013)

GDP_Growth_t-1

-0.025***

-0.022***

(0.008)

(0.007)

Unemployment_t-1

0.018*

0.015

(0.010)

(0.009)

Gov_Duration

-0.150***

-0.142***

(0.021)

(0.020)

国別固定効果

なし

なし

あり

観測数

950

950

950

疑似R二乗

0.02

0.09

0.15

注:標準誤差は括弧内に示す。* p<0.1, ** p<0.05, *** p<0.01

 

2の冷酷なメッセージ

 推定結果は一貫して明快だ――インフレと政権交代は危険なほど密接に結びついている。

 特に包括的なモデル(3)では、Inflation₋₁ の係数は0.0285%水準で有意。

 この小さな数字が告げているのは、前年のインフレが翌年の政権を確実にむしばむという事実だ。

 だが真に恐ろしいのは「限界効果」だ。

 

インフレ率+1%で政権崩壊確率+1.1%

 モデル(3)によれば、インフレが1ポイント上昇するごとに、政権交代の確率は 1.1ポイント増加する。

 一見すると小さな数字かもしれない。だが平均の政権交代確率が35%であることを踏まえれば、これは「有権者が政権を殺すナイフの切れ味」を確かに研ぎ澄ましている。

 インフレ率が5%を超える頃には、そのリスクは連鎖反応を起こし、首相官邸のドアを叩く音が現実味を帯びてくる。

 

経済の影の守護者:成長と安定

 制御変数の結果もまたドラマチックだ。

・GDP成長率(GDP_Growth₋₁は負の係数。
  → 経済が好調なら政権は守られる。「景気は最大の与党」である。

・政権存続期間(Gov_Durationも負の係数。
  → 長く続いた政権は倒れにくい。歴史の重みと制度的な蓄積が政権を守る。

 しかし、こうした守りも「インフレ」という猛毒の前には脆い。

 

非線形の恐怖:インフレは閾値を超えると牙を剥く

 頑健性チェックでインフレ率の二乗項を投入したところ、係数は正で有意。
これは何を意味するか?

 低インフレからの上昇はまだ許される。だが高インフレ期に突入すると、その政治的ダメージは指数関数的に跳ね上がる。

 2→3%のインフレは“忍耐”の範囲。

 だが6→7%のインフレは“政権の死刑執行”だ。

次のページ数字が下す「政治の死刑判決」

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林直人

はやし なおと

起業家・作家

1991 年宮城県生まれ。仙台第二高等学校出身。独学で慶應義塾大学環境情報学部に入学(一般入試・英語受験)。在学中に勉強アプリをつくり起業するも大失敗する。その後、毎日10 分指導するネット家庭教師「毎日学習会」を設立し、現在に至る。毎年100 人以上の生徒を指導し、早稲田・慶應・上智を中心に合格者を多数輩出している(2021 年早慶上智進学者38 名・7/20 時点)。著書に『うつでも起業で生きていく』(河出書房新社)、『人間ぎらいのマーケティング人と会わずに稼ぐ方法』(実業之日本社)などがある。連絡先:https://x.com/everydayjukucho

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